HIV感染被害者遺族等に対する健康被害等の対応に係る調査研究会報告書
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3.HIV感染被害者遺族等の健康被害等に関する現状と課題
(1)研究会は、まず、HIV感染被害者遺族等(以下「遺族等」という。)の健康被害等に関して現状分析し、考察を行った。
(2)遺族等の中には、死別に伴う通常の悲嘆反応に加え、HIV感染を知ったときの衝撃の影響がそれに加わり、精神健康が悪化している者が相当数いるものと考えられる。この際、広い意味での外傷性悲嘆が生じている可能性があり、一部にPTSDの存在も否定できない。
(3)遺族等の多くは、自分の体験を相談できる適切な相手が身近におらず、高齢化も進んでおり、様々な生活上の困難に追われているため、死別に伴う悲嘆反応が長期化している場合もあると考えられる。また、そのことによるストレスが身体症状として表れている場合もある。にもかかわらず、遺族等の中には、自分の心身の不調がこの問題と関係していることに気づいていない場合もあり、精神科や心療内科を受診することに思い至らなかったり、受診を躊躇している場合もあるものと推測される。
(4)血液製剤によるHIV感染被害への理解が必ずしも行き渡っていないことから、遺族等の中には地域のスティグマ(負の烙印)への不安がある。また、この問題によって家族関係が変化したことなどのために、社会生活への参加が困難となり、就労の継続や各種支援情報へのアクセス等が妨げられていることも予想される。一方、遺族等が前向きに生きようとしても、スティグマやプライバシー保護への不安から、既存の相談窓口にアクセスすることが困難であり、既存の相談窓口も必ずしも遺族等へのケアを目的としておらず、遺族等が安心して相談できる窓口がない。さらに、感染した家族が治療を受けていた病院等に対しては、つらい記憶があるために、感染に関連した苦痛を相談しにくいという事情もある。
(5)このような事情を踏まえ、遺族等に適切な支援を差し延べるには、遺族相談員によるピアカウンセリングや相談グループ活動は有効と考えられる。しかし、対象の遺族等が全国に散在しており、遺族相談員が必ずしも医療や心理学の専門知識を有しておらず、様々な困難や負担を乗り越えながら活動していることから、相談員のエンパワーメントを図りつつ、過剰な負担を軽減し適切な支援策を講じなければ、相談員の燃え尽き(バーンアウト)が懸念される。
(6)ピアカウンセリングや自助グループにおける相談内容が複雑になったり、医療的な問題を含むために、専門知識を有する相談員が対応する必要があるケースや、適切な医療機関への受け渡しが必要となるケースが増えてきている。しかし、専門相談員については、必ずしも継続的な一貫した助言を仰ぐ体制になく、遺族相談員の活動に密着した支援ができにくい状況にある。
(7)プライバシー保護の観点から、自助グループの活動も制約を余儀なくされている。例えば、遺族等に会報を発送する際、会の名称ではなく個人名で発送しており、同封する内容物が透けないような配慮もなされているのが現状である。プライバシーに配慮しつつ、適切なアウトリーチ活動を行い、遺族等に支援が届くようにするための専門家による助言が必要と考えられる。
(8)遺族等の中には、遺族相談会への参加を希望しつつも、健康問題や家族の介護・育児等の負担のため参加できない者がいると推測される。こうした遺族等に対し、どのように連絡をとり、必要な支援を提供するのか、専門的な援助が望まれる。
(9)相談を受ける遺族等の心理、健康、社会生活上の困難等の状態によっては、医療や福祉上の適切な支援が必要とされるが、その際には自助グループと医療機関、保健所等の外部機関との連携が望まれる。しかしながら、遺族相談員は医療や福祉における連携の方策を熟知していないことから、専門的知識と経験を有する者による仲介が必要と考えられる。
(10)併せて、相談を受ける遺族等の心理、健康、社会生活上の困難等の状態に関して、より適切なアセスメントが可能となるよう、工夫する余地があるものと推測される。
(11)HIV医療に関わる医療従事者の間でも、こうした遺族等における問題への理解は十分ではない。一般の精神科や心療内科においても同様である。そもそも、日本の医療においてトラウマ、PTSD、悲嘆は中心的なテーマとは言い難い。したがって、HIV医療に関わる医療従事者において、こうした遺族等における問題への理解を深めるとともに、一般の精神科や心療内科においてもこの問題への理解を促し、併せて日常の臨床において、トラウマ、PTSD、悲嘆に関する医療水準の向上が望まれる。

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